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東京高等裁判所 昭和33年(行ナ)21号 判決

原告 加藤志げ

被告 特許庁長官

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一請求の趣旨

原告は、「昭和三十年抗告審判第一、七〇三号事件について、特許庁が昭和三十三年三月三十一日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求めると申し立てた。

第二請求原因

原告は、請求原因として、次のように述べた。

一、原告は、その考案にかゝる「宝靴」について、昭和二十九年六月十六日実用新案登録を出願したところ(昭和二十九年実用新案登録願第一九、八五五号事件)、昭和三十年七月六日拒絶査定を受けたので、同年八月六日右査定に対し抗告審判を請求したが(昭和三十年抗告審判第一、七〇三号事件)、特許庁は、昭和三十三年三月三十一日原告の抗告審判の請求は成り立たない旨の審決をなし、右審決は、同年四月二十六日原告に送達された。

二、原告の出願にかゝる本件実用新案の要旨は、「生ゴム入のパーマ天使用で、甲皮の表に抜き模様をして、裏にナンシツスポンヂを張り、堅牢優美と共に、冬は保温万点の甲皮の構造及び台はナンシツスポンヂ及びコウシツスポンヂ使用で、経くて履き心地万点の宝靴の構造」であつて、ここにいうパーマ天とは生ゴムの表面に光沢ある塗料を塗りつけたものをいい、宝靴とは一般の靴をいうものである。

これに対し、審決の内容は、次のとおりである。すなわち審決は、原告の考案の要旨を「サンダル靴において、台にスポンヂゴムを用い、甲皮の裏にスポンヂゴムを張り甲皮は、打抜き模様入りのゴムとした構造」にあるものと認定した上、「サンダル靴において、台にスポンジゴムを用いたもの」は、抗告審判において引用した昭和二十八年実用新案出願公告第五五四一号公報の図面及び説明書により、本願出願前公知に属する。けだし本願の実用新案は、上記のものにおいて甲皮の裏にスポンヂゴムを張り、甲皮は打抜き模様入のゴムとしたものに相当し、そのために前記構造としたものであるが、サンダル靴の甲皮の裏に、スポンジゴムを張ることの本願出願前公知であることは、他の引用例である昭和二十八年実用新案出願公告第五五四九号公報の図面及び説明書中に、明示されているとおりである。また甲皮を打抜き模様入りのゴムとすることは、サンダル靴においては慣用手段であつて、以上公知の事実を湊合したところにも、格別の効果があるとは認めることができないので、結局本願の実用新案は、これら公知の事実に基いて、あえて考案力を要することなく、当業者の容易に案出できるところと認められる。したがつて本願の実用新案は、実用新案法第一条の登録要件を具備しないものとする。

三、しかしながら、審決は、次の理由により違法であつて取り消されるべきものである。(以下原文のまゝ。)

(一)  宝靴を考案する前までは、パーマ天はスポンヂの草履の表に使用されていたのであるが、請求人(原告)は、前にゴム靴製造販売していたので、モーターでする技術がありますので、証拠品に提出のパーマ天のヘツプの甲皮の表及び天の如くピカピカの優美な生ゴムの多く入つたゴムなので、靴には証拠品の甲皮の如く、弾力があつて優美の上に丈夫なので、実用新案の性質、作用及び効果は、万点の宝靴の考案であるから、この出願の実用新案は、登録すべきものであるとの審決を求める。

(二)  原告の実用新案の出願の要旨は、パーマ天のゴムは、ピカピカした優美な生ゴムの多く入つたゴムなので、弾力があつて、靴の甲皮の表としては、裏に弾力をさまたげないようスポンジを使用するので、実用新案の性質、作用及び効果は万点である。これに対し、審決の引用刊行物二件閲覧の結果、原告の出願とは、構造その他別個である以上、原告の出願の宝靴の甲皮の構造は、前記実用新案の出願の要旨の個所に記せし如く、実用新案の性質、作用及び効果は万点であるから特許庁が昭和三十三年三月三十一日にした審決の主文を破棄して、特許法第百十四条の法律に基き、この出願は登録すべきものであるとの裁決を求めます。

第三被告の答弁

被告指定代理人は、主文同旨の判決を求め、原告主張の請求原因に対し、次のように述べた。

一、原告主張の請求原因一の事実及び同二の事実のうち審決の記載内容はこれを認める。

二、同二の事実のうち、原告出願の実用新案の内容及び同三の主張は、これを争う。

原告の主張は、「パーマ天」と称するもの(比較的に生ゴムの成分を多量に含んで、弾力性に富んだゴムの表面に、つや付加工を施したものを指称する原告の特有の名称)を、サンダルの甲皮に使用したものは、従来ないという趣旨と解せられるが、従来サンダル靴の甲皮に、ゴムを用いることは極めて普通であつて、そのゴムは、あえて証拠によるまでもなく、比較的多量の生ゴムの成分を含み、弾力性に富んだものであるから、原告が昭和三十二年十二月二十九日付で提出した前記パーマ天の見本及び本件実用新案登録願の説明書の記載に徴するも、この従来サンダル靴の甲皮に使用されたゴムと前記「パーマ天」と称するものとは、サンダル靴の甲皮としての作用効果の点において、特に相違することは認められない。従つて本願のように特にサンダル靴の甲皮に「パーマ天」を使用しても、格別優れた作用効果を奏するものとは認められないから、「パーマ天」を甲皮に使用した点には、考案を認めることができない。

結局本件実用新案は、審決で示した公知事実に基き、あえて考案力を要せずして、当業者の容易に案出できるところであつて、実用新案法第一条の登録要件を具備しないものである。なおサンダルの甲皮にゴムを用いることの慣用手段である場合は、本件実用新案前既に公開された昭和二十八年実用新案出願公告第三七四四号公報及び昭和二十六年実用新案出願公告第五〇四六号公報により明白である。

第四証拠〈省略〉

理由

一、原告主張の請求原因一の事実、及び同二の事実のうち審決の記載内容は、当事者間に争のないところである。

二、よつて先ず原告の右出願にかかる実用新案の考案の要旨について検討するに、その成立に争のない甲第二、三号証によれば、原告が昭和三十二年十二月十三日に特許庁へ提出した最終の訂正説明書(甲第三号証)には、その「登録請求の範囲」を「生ゴム入のパーマ天使用で、甲皮の表に抜き模様をして、裏にナンシツスポンジを張り、堅牢優美と共に冬は保温万点の甲皮の構造及び台はナンシツスポンジ及びコウシツスポンジ使用で、軽くて履心地万点の宝靴の構造」と記載されていることを認めることができるが、同訂正書は単に「登録請求の範囲」のみを前述の如く訂正したもので、「実用新案の性質作用及び効果の要領」については何等の記載もないので、これを原告が昭和三十二年十一月二十四日この事項を記載して特許庁に提出した訂正書(甲第二号証)記載の図面及び同事項欄の記載並びに右「登録請求の範図」等説明書の全体の記載並びに原告が実物見本として提出した検甲第一号証を総合して考察すると、原告の出願にかゝる考案の要旨は、「生ゴムを多量に含み、かつ表面につや付加工を施したゴム薄板(原告は、これをパーマ天と称する。)に打抜模様を施し、その裏に軟質スポンジゴムを張つて甲皮として、軟質スポンジゴムと硬質スポンジゴムとを使用して台としたサンダル靴の構造」にあつて、甲皮は堅牢優美で冬は保温十分であり、又台は履心地がよいという作用効果を有するものであると認定せられる。

三、次いでその成立に争のない乙第二、三号証によれば、審決が引用した昭和二十八年実用新案出願公告第五、五四一号公報(昭和二十八年六月十八日公告)には、スポンジゴムを履台(底)の主体とし、スポンヂゴムの伸縮度を調節するため、ほゞその全長に及ぶ竹製扁平状芯体及び踵部だけの木製芯体を挿入し、かつビニール製甲皮を有するサンダル靴が、記載されており、また昭和二十八年実用新案出願公告第五五四九号公報(昭和二十八年六月十八日公告)には、サンダル靴のバンド(甲皮)の裏面の足の甲の当る部分の前後両部にスポンジゴムを装着したものを示し、それによりサンダル靴のバンドを、足触りよく、足を痛めることがなく、履き心地よく長時間の使用に適するようにするものであることが記載されておることを認めることができる。

四、そこで前記認定に従い、本件出願の実用新案の要旨と審決の引用にかゝる前記昭和二十八年実用新案出願公告第五五四一号公報記載のサンダル靴とを比較すると、両者は、ゴム、ビニールのような柔軟耐水性材料からなる甲皮を持ち、かつスポンジゴムで作つた台からなるサンダル靴である点では全く一致し、ただ前者が、その甲皮として、生ゴムを多量に含み、かつ表面につや付加工を施し、これに模様を打ち抜いたゴム薄板の裏に軟質スポンジゴムを張つたものを材料として使用したのに対し、後者は単にビニール板を使用した点において相違する。しかしながらサンダル靴において、甲皮としてスポンジを、足の甲に当る部分だけに裏当として使用することは、審決の引用にかゝる昭和二十八年実用新案出願公告第五五四九号公報に記載されておるところであり、また甲皮にゴム薄板を使用し、これに模様を打ち抜くことは、審決においては示されていないが、その成立に争のない乙第四号証(昭和二十八年五月一日に公告された同年実用新案出願公告第三七四四号公報)の記載の図面によつても、原告の本件実用新案出願前に国内において公知であつたことを認めるに十分であり、更にこれらゴム板について、生ゴムを多量に配合してゴムを柔かく弾力性に富むようにすること及び必要に応じてその表面につや付加工を施すことが、従来普通行われるものであることは、当裁判所に顕著なところである。

してみれば、原告の出願にかゝる考案は、前記の差異はあるが、審決の引用した昭和二十八年実用新案出願公告第五五一四号公報に記載された事項から、当業者が容易に実施することができるもので、実用新案法第三条第二号により、同法第一条に規定する登録要件を具備しないものと判断するを相当とする。

五、原告は本件出願にかゝる履物に「宝靴」という名称を付して、これを一般の履物特にサンダル靴と区別しているが、その成立に争のない甲第一号証(本件実用新案登録願)及び前記甲第二、三号証に記載された実用新案の説明書及び図面全体の記載に徴すれば、右は一般に使用されるサンダル靴の一種に外ならず、また「パーマ天」と称する材料を甲皮に使用した点を新規と主張するが、「パーマ天」なるものは、「生ゴムを多量に配合し、表面に光沢のある塗料を塗付したゴム薄板」をいうものであることは、原告の釈明するところであるから、すでにサンダル靴の甲皮にゴム薄板を使用することが、前記乙第三、四号証によつて原告の本件出願以前において公知の事実であつたことが認められる以上、これらゴム薄板に、従来普通に行われていたつや付加工を施したものを甲皮として使用したとしても、それは類似の域を脱するものとは解されないから、これらの事実は、前記判断を左右するに足りるものではない。

なお原告は、本件出願にかゝる実用新案は、台においても審決が引用した公報記載のものと構造を異にすると主張するが、審決が昭和二十八年実用新案出願公告第五五一四号公報(乙第二号証)を引用したのは、サンダルにおいて、スポンジゴムをその底(履台)に使用することが、原告の本件出願前において公知であることを示すためになされたものであることは、その成立に争のない甲第四号証(審決)の記載に徴し明白であるから、それ以外の点における両者の類否は、また前記の判断に影響を及ぼすものではない。

六、以上の理由により、原告の本件出願にかゝる実用新案は、実用新案法第一条の登録要件を具備しないものとなした審決は適法であつて、この取消を求めるを原告の本訴請求はその理由がないから、これを棄却し、訴訟費用の負担については、民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決した。

(裁判官 内田護文 原増司 入山実)

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